仕事やモノづくりへのこだわりと同じく、食にも独自のこだわりを持つ職人をフィーチャーする「職人めし」。第10回目の今回は、岐阜県美濃市、大自然の中で和紙職人として暮らす「Corsoyard(コルソヤード)」の澤木健司さんに、手漉き和紙のこだわりや難しさ、自然とともに生きる意味やその想いをお伺いしました。
紙づくりよりも、ただ山と川があるところで仕事がしたかった
「正直、僕は紙じゃなくてもよかったんです」
澤木さんに手漉き和紙職人の道に進もうと思ったきっかけを尋ねると、返ってきた答えは意外なものでした。
澤木さん 僕は勉強が嫌いで大学に行きたくなかったんですね(笑)。で、手で仕事をしたいなと思っていたのと、一番の理由は、僕は山と川があるところで生きていきたかったんですよ。物心ついた時から、美濃の長良川や板取川に親と夏の間は毎週来たりして、山と川が好きだったので。で、そこが美濃和紙の産地だということは知っていて、最初は「これやったらいいんじゃない」ぐらいのノリでした。だから僕は最初、紙づくりに興味があって始めたわけではなかったんです。
澤木さんは高校卒業後、美濃和紙の製造技術の基礎を学ぶ「手漉き和紙基礎スクール」に参加した後、美濃市の蕨生にある紙漉き工房「大光工房」に就職します。そこで師匠に紙づくりを教えてもらいながら仕事として紙漉きを始めていくことになります。
最初は紙づくりへの興味ではなく、子どものころから遊びに来ていた美濃の山や川に惹かれていたことが手漉き和紙に関わるきっかけとなった澤木さんですが、仕事をしていく中で「紙づくりの技術を身に着けてきた以上は、それで飯を食わなきゃ」と思い、本格的に職人への道を歩むことを決意したそうです。
師匠のもとで数年間修業した後、澤木さんは独立の道を選びます。その理由を澤木さんは次のように言います。
澤木さん 自分が作りたい紙や未来に作っていく紙を考えた時に独立しようって考えました。師匠は「(澤木さんの)好きなように作っていいよ」って言ってくれたんですが、やはり師匠の工房には師匠のお客様がいるので、なかなか自分のやりたい紙づくりと並行しながらやっていくのは厳しいと思って独立を選びました。
こうして澤木さんは自身の作りたいオーガニックで繊維を大事にした日本らしい紙づくりをする「Corsoyard(コルソヤード)」を開業することとなります。
紙づくりは料理のようなもの
澤木さんにとって、紙づくりとはどういう仕事なのか尋ねてみました。
澤木さん 紙作りってほんと料理みたいなもんなんです。紙の原料になる木の皮を水につけて柔らかくして、煮てほぐしてたたいたり切ったりしてシート状にすると。で紙漉きっていう動作は料理でいうと盛り付けの部分ですね。なので料理と同じように紙づくりはレシピを伝えれば皆さんできないことはないんですよ。
紙づくりを料理に例えて楽しそうに話す澤木さん。しかし、レシピは伝えられるものの、紙を作るにはレシピの他に職人ならではの経験や勘、体に染みついた感覚も必要だそうです。そこが紙づくりの難しいところであり、いくら職人といえどもいつも狙った通りの紙が作れるわけではないそうです。
澤木さん 紙づくりっていつも完璧にできるわけではなくて、全て体の動きや感覚に頼っているので、プロスポーツ選手のタイムがばらつくのと一緒でばらつくんですよ。ねらった厚さのものよりも厚くなったり、薄くなったりします。経験を積むとばらつきが減ってくるという感じです。お客様に納品するときは狙った厚さの紙のものだけ集めて納品するんですね。これが紙づくりなんです。
このように紙づくりの難しさを赤裸々に語ってくれた澤木さん。紙漉きの作業で重い道具を扱ってきたことによる手にできた豆が澤木さんの蓄積してきた経験の何よりの証です。
そんな澤木さんの作る紙は提灯や障子紙に使われる以外に、なんと国宝の修復などにも使われることがあるそうです。実際に澤木さんの作られている紙を見せていただきました。
この紙は、紙の主な原料である楮(こうぞ)、三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)の中でも、雁皮で作られた雁皮紙。この薄さと質の高さで漉ける工房は日本にも多くないそうです。雁皮という扱いが難しい原料を適切に扱うノウハウを蓄積しているからこそできる技。写真にあるように滑らかで光沢がとても美しい紙でした。
澤木さんは、伝統的な紙として利用される和紙以外にも、現代の生活に合った日常的に利用できる和紙製品づくりにも取り組まれています。そのひとつが、極薄の紙を手で折って仕上げる最高級の珈琲フィルター「立花」です。紙の原材料である楮やトロロアオイはなんと澤木さんが栽培されているもの。この岐阜県美濃市立花で育った植物をこの地で、ひとつずつ丁寧に紙として漉き、折り上げられたぬくもりを感じる製品です。
作るよりも売ることの方が難しい
繊細な技術が必要な紙づくり。では、この仕事のどの部分が一番大変なのかというと「紙を売る」ことなのだそう。
澤木さん 他の手仕事もそうだと思いますが、「作る」というのは好きでやっているので楽しいんです。もちろん、作る過程にも苦労はあって同じ厚さで漉くとか、同じ地合いで漉くとか難しいんです。だけどそれよりもはるかに難しいのは作ったものをお客様とつないで「売る」ことです。
Corsoyardの紙を知れば使いたいと思ってくれるかもしれない未だ知ってくれていないお客様に情報を届けること、つまりお客さんとCorsoyardをつなぐということが大変だと澤木さんは言います。そんな澤木さんの仕事でのこだわり。それは「できるだけお客様の作りたい紙を作ること」だそう。
澤木さん 紙を探している人がうちのホームページを見れば「うわ、高っ!」って気づくんで。それでも問い合わせをいただく人は、お金どうこうじゃなくて本当に求めている紙があって、何かの意識をもってて紙を通じて何かを実現したいという場合が多いんです。だからそういう人たちの要望に応えて喜んでもらった時が一番うれしいですね。お客さんが喜んでくれたら自分が嬉しいんです。
いただいたことのある問い合わせの中には「亡くなったペットのお骨を包むのに最適な紙が欲しい」というなかなか難しいものもあったそうです。そんな難しい時でも澤木さんはお客様の要望になんとかこたえられるよう何度もメールでやり取りしているそうです。
夢は、若い人に紙づくりを継いでもらうこと
澤木さんは後継者になる予定のお弟子さんを抱えられています。取材中にもお弟子さんとフランクに会話をする澤木さんが印象的でした。そんな澤木さんは彼らにどんな思いを抱き、そして、どんな未来を描いているのかお聞きしました。
澤木さん 紙づくりはスポーツと一緒で完璧になりようがないんですよ。そうすると、一番パフォーマンスがいいのは若くて体が動いて、なおかつ体が感覚を身に着けていくころなんです。だから体力もあるし、感覚もさえている若い人にやってもらいたいんですよ。若い人が伝統工芸をやらないと特に紙づくりはだめだと思っているので、僕が50歳になるころには紙にあんまり口出しちゃいけない。次の世代がやらなきゃだめだと思ってて。この仕事の夢は継いでもらうことなんですよ。早く渡すことなんですよ。若い人にもっといい紙づくりをしてもらうとか、もっと魅力的な工房を作ってもらうっていうのが夢ですね。
まだまだ現役でお忙しく紙づくりという仕事をしながらも、本当に良い紙を生み出すために次の世代へとバトンをつなぎたいという澤木さんの強い想いが伝わってきました。
厳しい自然の中で暮らし、野生動物と向き合いそして命をいただく
澤木さんの疲れた体を癒す「職人めし」は自身で獲った猪肉を使った猪丼です。実は澤木さん、狩猟免許をお持ちのれっきとした猟師なんです。家で育てている紙の原料となる楮の畑が猪や鹿に荒らされたことをきっかけに猟師となったそうです。
澤木さん この地域はちょうど動物と人間の境目の地域なんです。野菜作るなんて不可能ですから。普通に育てたら全部野生動物が食べていくぐらい厳しい地域なんで。そうすると動物と向き合うって大事で、僕は動物のこと大好きなんですけど、命をいただいて食べるって大切なことだと思ってます。
野生動物と人の暮らす厳しい環境だからこそ、野生動物と向き合い、そして感謝をしながら食べるという澤木さん。
また、普段の生活においても近くの農家さんが作った無農薬野菜を購入したり、調味料も無添加のものを選んで素材本来のおいしさを味わう食生活を送っているそうです。
澤木さん 本当は自分たちの近くで獲れたものを野菜やお肉も獲れた分だけ食べるっていうのが本来の生き方のはずで、その方が環境負荷も少ないんじゃないかなと思ってます。
僕はこういうライフスタイルがこだわりというか好きなんです。こっちのほうが自分が気持ちよく生きられるから
「猪丼」には澤木さんの自然や動物を大切にする想いや姿勢が映しだされているようでした。
「職人めし」レシピ
命に感謝していただく 猪丼
材料
材料 | 分量 | 備考 |
---|---|---|
イノシシ肉(背ロース) | 100g | |
雑穀ご飯 | 丼ぶり1杯 | 品種は日本晴、米は3分づき |
ねぎ | 適量 | |
<A> | ||
しょうゆ | 大さじ1 | 小豆島のしょうゆ「桶仕込濃口 純」 |
酒 | 大さじ1 | |
おろしにんにく | 適量 |
作り方
手順 | 調理内容 |
---|---|
1 | イノシシ肉は薄切りにし、臭みが気になる場合は血抜きをする |
2 | フライパンに油を熱し、イノシシ肉を並べて焼いていく |
3 | 両面に焼き色が付いたら、合わせておいた<A>を回し入れる |
4 | イノシシ肉とタレが絡んだら、火を止める |
5 | 丼ぶりに雑穀ご飯をよそい、4をのせる |
6 | 最後に刻んだねぎを盛って完成 |
今回の職人
職人データファイル:010
澤木健司さん
Corsoyard(コルソヤード)
岐阜県美濃市/和紙職人
自然を愛し、自然とともに生きる。オーガニックにこだわる孤高の和紙職人。
次回予告
日本の伝統文化に携わる職人に、その仕事に対する想いとこだわりのレシピをインタビューするメディア「職人めし」。次回の職人は石都・岡崎で石灯籠などの製作をおこなう楠名央治さん。
ぜひ次回の記事もお楽しみに!