仕事やモノづくりへのこだわりと同じく、食にも独自のこだわりを持つ職人をフィーチャーする「職人めし」。
第19回目の今回は、愛知県豊田市足助の鍛冶屋「広瀬重光刃物店」の7代目、広瀬友光さん。鍛冶屋という仕事の醍醐味、広瀬さんが好きな職人めしについてお話を聞きました。
愛知県の山里で200年続く鍛冶屋の7代目
重厚な古い町並みと豊かな自然が心和む、愛知県豊田市足助。かつては三河から信州へ塩を運ぶ「中馬街道」が通り、宿場街として栄えました。また秋には香嵐渓が真っ赤な紅葉に染まり、多くの観光客が詰め掛けます。そんな“足助の山里”で200年続く鍛冶屋を守るのが、広瀬重光刃物店の7代目、広瀬友光さんです。
広瀬さん 昔はもともと、どんな村にも鍛冶屋があり、仕事道具の修理を行なっていたものです。この足助は中馬街道の宿場街だったので、刃物や馬の蹄鉄、車の車輪など、さまざまな専門の鍛冶屋があったそうです。
広瀬重光刃物店の創業は、江戸時代末期。山林で使う鉈(ナタ)や鎌(カマ)などを作ったり修理したりする“野鍛冶”として始まりました。
200年続く歴史の中で、高度な技法を伝承。かつては刀匠として日本刀も製作し、昭和27年には政府依頼の講和記念の日本刀も作ったこともあるそうです。
古い町並みにほど近い店舗は、重厚ななまこ壁。扉を開けてお邪魔すると、そこには包丁やナイフをはじめ、鉈、鋤(スキ)、鍬(クワ)などさまざまな道具が並んでいます。取材中にはベビーカーを押した若いママが包丁研ぎを依頼しに来たりと、足助の暮らしに深く根付いている様子がうかがえます。
生まれた頃から、鍛冶場の「におい」や鋼を叩く音に包まれて育ったという広瀬さん。鍛冶屋を継ぐのも、自然な流れだったのかと思いきや…?
広瀬さん 実は、名古屋の大学を卒業後、東京に行きました。中学からギターを始めて、音楽が好きで…。でも、1年くらいで「もう、東京はいいかな」って思って(笑)。春と秋には、お祭りの練習のために足助に帰っていましたし。やっぱり、生まれ育った足助で地に足を着けて暮らしたくなったんです。
「そもそも、鍛冶屋が好きか嫌いかさえ考えたこともなかった」という広瀬さん。24歳から職人として修業を始めました。当時、店は先代(父)と先々代(祖父)の2人で切り盛りしていたそうです。
広瀬さん 父と祖父は正反対の性格で、父は社交的で町おこしなどにも積極的。祖父は昔ながらの職人で、黙々と仕事だけをするタイプ。ただ腕は一級品で、特に祖父は「爺さんの刃物はよう切れる」と評判でした。そんな祖父に仕事を教わることができたのは、大きな財産です。
2014年、先代が突然他界。広瀬さんが7代目になり、広瀬重光刃物店を継ぐことになりました。しかし、先代の熟練の技にはまだ至らず。お客さんからの手厳しい評価に悩んだこともあったそうです。
広瀬さん はじめの2年は、見かねた祖父が仕事を手伝ってくれ、その期間、ひたすら同じような仕事をこなし、必死に腕を鍛えたという感じです。それでも正直、自分の技術には疑心暗鬼でした。次第にお客さんから「良かったよ」と褒めてもらえるようになりましたね。そして「これは売りたくないな」と思えるほど出来の良いものが作れた時、「一人でもやっていける」という自信がつきました。
鋼を熱して鍛え、丈夫な刃物を作る
現在、広瀬重光刃物店では包丁やナイフ、鉈、鎌などの手打刃物の製作をはじめ、農具などの修理、刃物の砥ぎ・修理など幅広く行っています。
広瀬重光刃物店で作る刃物は、「鍛造品」と呼ばれるものです。その作り方 を伺いました。
広瀬さん 鋼を高温で熱し、柔らかくなったところを金槌で叩いて刃物の形を作っていきます。叩き上げられた鋼は内部の不純物が除去され、組織が均等になることから、プレス製品に比べて硬くて強い刃物を作ることができます。 切れ味も長く続きますよ。ご家庭なら、1年以上でも研ぎ直しの必要はありません。
また、広瀬さんは農具の修理も得意としています。
広瀬さん 農具の修理には、「鍛接」という鍛冶屋の伝統的な技法を使います。欠けたり摩耗したりした刃先に、鋼を圧着して継ぎ足します。難しいのは火加減で、火が強すぎたりすると、接合の強度が弱くなります。昔は技術が未熟で、「すぐ折れた」と、怒られたこともありましたね(笑)。
アウトドアブームとコロナでおしゃれなナイフが人気に
店舗の2階はライブハウス。音楽好きの先代が作り、現在は広瀬さんがオーナーとして運営しています。音楽好きな広瀬さん自身も、月に2〜3回はミュージシャンとしてステージに立っています。形は違えど「表現」という部分で、刃物作りと音楽は 通ずるものがあるのかも知れません。
そんな広瀬さんの最近の自信作は、キャンプなどに重宝するアウトドアナイフです。
広瀬さん アウトドアブームはもちろんですが、最近はコロナ禍のステイホームで薪を割ったりする人も多いようです。うちもコーナーを作り、大小のナイフやナタなどを販売しています。ちなみに本革のシース(ケース)は、一部、妻の手作りです。
ナイフは万能で、枝切りや削り、食材の調理まで何でもござれ、しかも丈夫。手に持たせてもらうと、手作りならではのズッシリとした重量感が印象的でした。
仕事の疲れを吹き飛ばす、母の手作りタイカレー
現在、店舗のほか、農家の暮らしを再現した観光施設「三州足助屋敷」の工房と、2つの作業場を持つ広瀬さん。「店舗では研ぎ仕事、足助屋敷の工房では鍛治仕事と分けています」。昭和レトロな愛車に荷物を乗せて、工房や客先を飛び回る忙しい毎日です。
そんな広瀬さんは「今でも刃物作りで悩む時もあります。そんな悩みが解決した時や、仕事がひと段落してホッとした時は、無性に辛いものを食べたくなるんですよ」と、言います。
そこで登場する「職人めし」が、母のひとみさん手作りの「タイカレー」です。広瀬さんによれば、ココナツミルクやナンプラーも使った、かなり本格的な味わいだとか。
広瀬さん 母が20年くらい前から作り始め、いろいろと研究を重ねてきた味です。タイに何か縁があったわけでもなく、急に凝り始めて…。何なんでしょうかね。もしかしたら、母の前世はタイ人だったのかも知れませんね(笑)。
味の方も、もちろん広瀬さんのお墨付きです。
広瀬さん 甘さの中に、じんわりと辛さがあり、心身が刺激されます。鶏肉や野菜など具材たっぷりなので、栄養も付きますね。疲れが吹き飛び、明日への活力になりますよ。
「職人めし」レシピ
タイ(グリーン)カレー
材料
材料 | 分量 | 備考 |
---|---|---|
鶏もも肉 | 150g | |
ヤングコーン | 50g | たけのこでも可 |
ふくろ茸 | 1/2袋 | |
パプリカ | 1個 | |
ピーマン | 2個 | |
なす | 1本 | 乱切りに |
にんにく・しょうが | 少々 | チューブタイプでも可 |
油 | 少々 | |
ココナッツミルク | 200g | |
水 | 200cc | |
グリーンカレーペースト | 25~30g | |
ナンプラー | 少々 |
作り方
手順 | 調理内容 |
---|---|
1 | 鶏肉を大きめの一口大にカットし、塩コショウを少し振り5分おく |
2 | 油をひいたフライパンに、にんにく・しょうが(チューブ可)を入れて弱火から中火で炒めて香りを出す |
3 | 鶏肉を入れて炒める |
4 | なすを炒める |
5 | パプリカ・ピーマン・ヤングコーン・ふくろ茸を入れて炒める |
6 | 炒めた具材を一旦取り出す |
7 | フライパンに少量の油をひいてグリーンカレーペーストを弱火で炒める |
8 | ココナッツミルク、水を加える |
9 | ⑧にあらかじめ炒めた具材を入れ、お好みでナンプラーを加えて完成 |
今回の職人
職人データファイル:019
広瀬友光さん
広瀬重光刃物店
愛知県豊田市(足助地区)/鍛冶人
愛知の里山で200年続く鍛冶屋の7代目
次回予告
日本の伝統文化に携わる職人に、その仕事に対する想いとこだわりのレシピをインタビューするメディア「職人めし」。次回の「職人」は幸田町で伝統技術とポップカルチャーを融合させる「都築数明」さん。
ぜひ次回の記事もお楽しみに!