仕事やモノづくりへのこだわりと同じく、食にも独自のこだわりを持つ職人をフィーチャーする「職人めし」。
第18回目の今回は、愛知県岡崎市にある小野玉川堂の小野悟さんに、和菓子職人としてのこだわりとちょっと変わった和菓子の楽しみ方についてお話をお伺いしました。
今年で創業99年目。「街の和菓子屋」の四代目は、今日もまた薪で餡を炊く
隅々まで整理され、清潔に保たれた作業場に入って最初に目についたのが昔ながらの竈(かまど)。「今でもこの薪釜でつぶあんや羊羹を炊いています。岡崎ではうちだけだと思いますし、愛知県でも数は少ないかと」と小野玉川堂の四代目主人小野悟さんはにこやかに話してくれました。
大正11年創業、今年で99年目を迎える小野玉川堂は岡崎にて長年愛され続けてきた街の和菓子屋さん。その四代目として生まれた小野悟さんは、学校を卒業してから5年間にわたって愛知県内の和菓子屋で修行を積み、その後小野玉川堂に入ります。家業を継ぐというのは小さな頃から自然に感じていたとのことですが、修行を重ねるにつれて和菓子作りの面白さに目覚めていったそうです。「修行先のお店のレシピに従って作ったものでも、目の前でお客様から『美味しいね』って言ってもらえるとやっぱりうれしいですよね」と話す小野さん。こうしたお客様の言葉が原動力としなり、ますます修行に熱が入っていきました。
しかし、修業先から小野玉川堂に戻ってきて、薪で餡を炊くことは相当大変だったといいます。
小野さん 薪釜はガスと違って火力の調整が難しいんですよね。修業先はガス釜でしたので、慣れるまでは苦労しました。
それでもガスに比べて全体に熱を伝えられる薪釜で炊いた餡の美味しさはひとしおとのこと。私も取材後に小野さんが作った和菓子を頂きましたが、大変優しいお味で餡そのものの美味しさに思わずうっとりとなりました。
子供にも大人にももっと餡の美味しさを届けたい! 伝統を基礎にして生み出す現代ならではの新商品
小野さんが現在熱心に取り組まれているのが新商品開発。その理由は家庭で和菓子を食べる機会をもっと増やしたいという想いがあります。
小野さん 今の子どもたちって和菓子を食べたことがないという子も多いんです。祖父母と一緒に暮らしていませんので、そもそも家に和菓子がないんですよね。だからこそ、子どもたちが食べたくなる、食べさせたくなる新しい菓子を作りたいんです。
そこで小野さんが立ち上げたのが新ブランド「antabe(あんたべ)」。その第一弾として発売されたのが「あーん!プリン」です。
「あーん!プリン」は、卵黄だけを使ったプリンと、小野玉川堂が培ってきた伝統の餡を組み合わせた和菓子店としてのこだわりが詰まったプリン。筆者も食べて見たかったのですが、残念ながらこの日は既に売り切れ。機会を見つけてぜひ食べて見たいと思います。
この他にも犬や猫の肉球をかたどった「肉球羽二重餅」、いちじくの餡を使った「いちじくのどら焼き」など人気商品が次々と誕生。これらの新商品開発の中で小野さんがこだわっているのが「トータルバランス」だそうです。
小野さん 食べるときには一口で食べますので、その一口で食べたときのバランスはもちろん、お茶やコーヒーと一緒に合わせたときの美味しさも大切だと思っています
とはいえ、商品開発には苦労もつきもの。例えば「いちじくのどら焼き」については、最初にいちじく農家の方と出会ってから形になるまで1年もの歳月がかかったそうです。
小野さん それまでいちじくは使ったことがなかったので、いちじくの良さと和菓子の良さが両方成り立つ形がなかなか分からなかったんです。ただ、試行錯誤をしている中で農家さんから『いちじくのジャム作って』と依頼されたのをきっかけに、ジャムが作れるならあんこも作れる、だったらどら焼きにできるとひらめきました。そこからは早かったですね
新商品の開発にかかせないもう一つの要素が「コラボ」。地元農家とのコラボしたいちじくのどら焼きの他にも、多くの方々とのご縁で新商品づくりが進められているそうです。現在はとある高校の授業の一環としてantabeブランドの新商品開発に取組中。また、大人にももっと和菓子を食べてもらうために「お酒に合わせたおいしい和菓子」にもチャレンジしていきたいとのこと。「試作しているときがやっぱり楽しいんですよね」と話す小野さんの笑顔がとても印象的でした。
王道を守っていくために、時代の流れに合わせて変化する
地元高校への調理指導もされている小野さん。和菓子職人を目指す生徒たちが多いのかと思ったのですが、どうやらそうでもないようです。
小野さん 洋菓子は家でも作りますが、和菓子はなかなか家では作らないですよね。だから「学校の授業でやっておかないと、これから和菓子を作る機会がない」と思って授業を受ける生徒さんが多いです。
こうした授業を通じて指導する中で、道具についても柔軟な発想を持つようになったそうです。たとえば、餡を包む際につかう「餡べら」という和菓子作りに不可欠な道具がありますが、三代目である小野さんの父親は竹製のものを使っているのに対し、四代目の小野さんはステンレスのものを使っているそうです。
小野さん 自分が使いやすい道具を使うというのが一番ですが、人に教えるという時に「この道具じゃないとダメだ」となったらやりづらくなってしまいますので、手に入りやすい一般的な道具を使っています。
和菓子作りの難しさは、洋菓子に比べて「勘」に頼る部分が多いということ。それは、和菓子作りの根本にかかわってくる部分があるそうです。
小野さん 一つの鍋で餡を炊いたとしても、鍋の中心と端では餡の状態は一定ではありません。だから、仮に糖度計で図ったとしても、それはあくまでも目安にしかならないんです。とはいえ、そういうおおらかな部分が和菓子の良さともいえると思います。
そう話す小野さんが仕事の中で大切にしているのが「王道を変えていく」ということ。それは、「王道を守る」ために必要なことだと言います。
小野さん やっぱり、ただ守るだけではすたれていくんですよね。時代の流れに合わせながら変化させていかなければ、王道を守っていけないと感じます。とはいっても、その変化をお客様に気づかれてはいけない。たとえば主力のどらやきについても時折レシピを変えていますが、味が変わったとお客様に思われたらダメなんです。味が変わるというのは違和感に受け止められることがあるんですよね。そこは大変気を使っています。
真摯に和菓子に向き合いながら、新しいチャレンジにも取り組む小野さん。そのチャレンジが、次の時代の「王道」となっていくのではとひしひしと感じました。
定番和菓子の新境地!? 「羽二重トースト」
和菓子職人ならではの「職人めし」についてお話を聞いてみたところ、浮かび上がってきたのが「羽二重トースト」。
小野さん 本当は美味しいうちに全部食べてもらうのが一番なのですが…。
と話す小野さんでしたが、日が経って硬くなってしまった羽二重餅を美味しく食べる一つの方法としてご紹介頂きました。
バターを塗ったパンに軽くつぶした羽二重餅を挟み、そのままトースターで焼き上げるだけのシンプルな料理。熱が加わって柔らかさを取り戻した羽二重のモチモチ感とさっくり焼きあがったトーストの食感の対比、丁寧に炊かれた餡の甘さとバターの塩気の対比が面白く、朝食にもぴったりな逸品です。
「職人めし」レシピ
羽二重トースト
材料
材料 | 分量 | 備考 |
---|---|---|
羽二重餅 | 2個程度 | |
食パン(8枚切り) | 2枚 | |
バター | 適量 | |
作り方
手順 | 調理内容 |
---|---|
1 | 羽二重餅をかるく押しつぶす |
2 | バターを塗った食パンに挟む(バターは内側の面に塗る) |
3 | 挟んだままトースターで焼く(きつね色になるまで) |
4 | 食べやすい形にカットして完成 |
今回の職人
職人データファイル:018
小野悟さん
小野玉川堂
愛知県岡崎市/和菓子職人
創業99年目の老舗和菓子店で王道を守るために様々なチャレンジを続ける小野玉川堂四代目。
次回予告
日本の伝統文化に携わる職人に、その仕事に対する想いとこだわりのレシピをインタビューするメディア「職人めし」。次回の「職人」は豊田市・足助で鍛冶屋の仕事を7台にわたって守り続ける「広瀬友光」さん。
ぜひ次回の記事もお楽しみに!