納品1年待ちの眼鏡職人がこだわる、「なんかいい」ものづくりと職人めし

仕事やものづくりへのこだわりと同じく、食にも独自のこだわりを持つ職人をフィーチャーする「職人めし」。今回は長野県松本市で眼鏡枠の製造と販売を行う犬飼眼鏡枠の犬飼さんにものづくりに対するこだわりをうかがいました。

眼鏡と聞いて、皆さんは何をイメージするでしょうか。

生活に役立つ道具だと考える人もいれば、おしゃれのためにかける人もあるかもしれません。

眼鏡(レンズ)は13世紀後半にイタリアで発明され、フランシスコ・ザビエルが江戸時代前期に日本へと持ち込みました。国内生産が始まったのは明治時代になってから。物をよく見るために作られた道具は、次第に身につけやすさを重視した形へ改良され、そこにデザイン性も加わりました。

現在ではコンタクトレンズも開発され眼鏡をかけない人も増えていますが、一方でおしゃれのためのサングラスや伊達眼鏡も世界中に広まっています。今や眼鏡は“役に立つ道具”以上の価値や存在感を持っているのではないでしょうか。

今回はそんな眼鏡の製造・販売を一貫して行う犬飼眼鏡枠を訪ねました。2016年に長野県松本市で開業し、2021年現在では受注販売で13ヶ月待ち。「犬飼さんの眼鏡を使いたい」と思わせるものづくりへのこだわりと人気の秘密を、代表の犬飼厚仁さんにうかがいました。

“眼鏡職人”を知り未経験から業界へ

犬飼さん 雑誌で知ったんです、眼鏡職人の存在を。眼鏡に職人がいるなんて驚きましたし、もっと工業的なものだと思っていました。それ以前に、そこまで眼鏡そのものを意識したことがなかったですね。

元々は美術系の大学でメディアアートを学んでいた犬飼さん。大学卒業後はIT系の会社で働いていましたが、ものづくりへの関心や憧れを抱き始めます。「パソコンの前に座って1日を過ごしていると、徐々に手を使ってものをつくりたいと思うようになりました」と犬飼さん。興味を持ってすぐに世界的にも有名な眼鏡の産地でもある福井県鯖江市の会社を訪れますが、1度目は断られてしまいました。

犬飼さん 自分で経営をしてみて分かったことですが、職人は軽い気持ちで人手を増やせるような経済状況にはなかなかなれないんですよね。請負で作っているところは単価も安い世界なので。

犬飼さん 断られた後は地元の松本市でサラリーマンをやっていたんですけど、諦めきれなくて2年後にもう1度連絡をしました。そしたら覚えていてくれて、眼鏡卸の会社が新しく製造部署を立ち上げたことを教えてもらえたんです。

2007年から鯖江市で8年間近く修行を積み、2015年に松本市へと戻ってきました。

心地よい故郷 松本での職人生活

ーー犬飼さんはわざわざ鯖江市からUターンしていらっしゃいますが、なぜ松本市で眼鏡職人をやろうと思ったのでしょうか?

犬飼さん 元々松本市出身だし、松本が心地良くて好きだったんです。都会ではないけれど独特の文化があるし、面白いことやっている人にも会いました。眼鏡職人になろうと決めた時から、松本市には戻ってくるつもりだったんです。

ーー素晴らしい、松本市への愛を感じます。鯖江市のように眼鏡文化のなかった松本で0から始めることへの不安はありませんでしたか?

犬飼さん お金の心配はありましたが、それさえうまくいけば後はなんとかなると思っていました。今でもまだ予算の関係で手に入れられない機械もありますが、少しずつ改善していける問題です。

ーーお店のコンセプトやこだわりはどんなところでしょう。

犬飼さん 作っている現場で眼鏡を見てもらいたいと思っていました。工程や細かい説明もできるし、何より工房の空気感を肌で体感してもらいたかったんです。今は情報が溢れていて、綺麗な写真や文章、ストーリーとセットでPRされることが多いですよね。どうにでも演出できてしまうからこそ、実際に手にとって見てもらうことの価値も大切にしていきたいです。

ーーものづくりの本質を理解してもらうことの難しさを感じているからこそのこだわりですね。現場で眼鏡を見てもらう、まさにその通りの工房になっていると思います。手仕事の分業化が進む中、製造を一貫して行うことにもこだわりがあるのでしょうか?

犬飼さん ゆくゆくはいくつかの工程を別の会社にお願いすることも考えています。わたしにとっては「お客さまに都合良い」ことがいちばんなので、自分で全てやることにこだわりはありません。納期が遅いことで購入を悩まれてしまうお客さんもいますから。ただ自分でできないから人に頼むのと、理解した上で任せるのとでは意味が違いますよね。だからまずは全部自分でやってみようと思ったのです。

細かいこだわりが生む「なんかいい」の感覚

立ち上がりは柔らかく、蝶番に向かってまた深いカーブ。微妙な曲線は機械を使わずに作ります。樹脂の眼鏡は変形や傷の個体差もあり、物の微妙な違いに合わせてつなぎ合わせる作業が必要なのだそう。

犬飼さん 「しっかりしたものを作りたい」というこだわりがあるので、機械の方が正確にできるところ、手仕事の方がいいものを使い分けています。

ーー素人目には分からないほどの細かいこだわり!私たちが「良い眼鏡」を見極めるポイントや評価基準などはあるのでしょうか。

犬飼さん わたしが見るときは全体のプロポーションやバランス、磨き込みなどでしょうか。ただ職人によってこだわるポイントは違います。例えば欧米の眼鏡職人には「磨き込んだ方が良い」という価値基準は初めからありません。磨き込んでも手で感じるほどの違いはわずかですがですが、個人的なこだわりで工程を増やしています。「何となく印象が違う。なんかいい」の感覚は職人の細やかなこだわりの積み重ねなんじゃないかな。

犬飼さん 例えば食事で「美味しいな」と思っても調理方法や食材へのこだわりなんて分からないですよね。けど、美味しいと思うことはできる。ものづくりも一緒で、こだわりは分からなくても「なんかいい」と思ってもらえれば嬉しいです。こだわりは職人が勝手にやっていることなので。

ーー犬飼さんの細やかなこだわりが、お客さんの「なんかいい」につながっているんですね。

「美味しくないものは食べたくない」犬飼さんのこだわり外メシ

犬飼さんが紹介してくださったのは、工房前の卓上コンロで作ったシンプルな外メシ。地元の精肉店で購入したラム肉と、ししとう、しいたけを塩コショウで味付けして焼きました。最後にお好みでゆずのしぼり汁をかけるのがポイントだそうです。

普段は応援の意味も込めて近くのお店で外食することも多いそう。今回はたまに友人を集めて工房前でBBQをするときの様子を再現していただきました。

犬飼さん 「食べたもので身体が作られる」という自覚があるので、美味しくないものはタダでも食べたくありません。時間がなくてパンで済ませる時も、できれば地元の美味しいパン屋さんで購入したいですね。

ーー「なんかいい」へのこだわりは食べる物にも通じているんですね。まさに職人めし!今日は貴重なお話ありがとうございました!

「職人めし」レシピ

工房の前でシンプル外メシ! ラム肉BBQと塩むすび

材料

材料分量備考
ラム肉適量
ししとう適量
しいたけ適量
ゆずのしぼり汁適量
塩こしょう少々
少々
ご飯適量

今回の職人

職人データファイル:021

犬飼厚仁さん

犬飼眼鏡枠

長野県松本市/眼鏡職人

1978年長野県松本市生まれ。犬飼眼鏡枠代表。2007年から福井県鯖江市で約8年間の修行を積んだのち、2016年に地元松本市で犬飼眼鏡枠をオープン。

http://inukai-opticalframe.com/

次回予告

日本の伝統文化に携わる職人に、その仕事に対する想いとこだわりのレシピをインタビューするメディア「職人めし」。次回の「職人」は名古屋西部・愛西市でこだわりの酵母無添加の日本酒づくりを手がける「青木拓磨」さん。

ぜひ次回の記事もお楽しみに!